熱い男を目指して

「熱さ」の魅力を探究する徒然なるブログです

夫婦とは(将来)

「夫婦とは」

「自分が輝いていた時代を、唯一共有している存在である」というコメントを見た。
  成る程と平手にぐうでポンと叩きたくなる気分になった。
  まだ、子育て真っ最中の自分だが、いずれ子供が離れていき、今も愛してやまない妻との関係がどうなっていくのか、想像が出来ない部分もある。
  恋愛から、夫婦、親になり、少しずつ変化しているのが分かり、自分の心理を手に取るように理解してくれる心地よさ、夫婦となり体調面、心理面でのサポートの献身性、親になり子育てに追われながら、私が仕事で不在の間も、責任を果たしてくれる有り難み。
  何によって子育て後に、一緒にいれる事が出来るのか、ずっと考えていた。
  熟年離婚が増える話も聞き、女性側からの切り出しが多いとの事で、危機感を感じてしまう。
  男性にとって過去の思い出は、女性よりも引きずりやすい気がする。そして、思い出が自分だけの中でしかない場合と、共有する人がいるのでは、全く重みが変わってくる。その存在が、突然なくなった時、虚無になるのは想像に難くない。
  そんな存在になれるのは、一人だけなのに、そこに気付かず、有り難みを、感謝を常に持ち続けていない、相手に表現していないとしたら、自分で自分の未来をおとしめていることになるのではないだろうか。
  女性の不満のリミットは「スタンプ方式」と聞いた事がある。不満がある毎に、押されて、減る事や削減、リセットされる事がないそうだ。お店のものと違って有効期限があるのかは分からないが。
  自分の未来の為といったら、女性に対して失礼になってしまうのかもしれないが、視点を変えて、感謝を込めて「いつも有難う」と素直に言える関係を続けていたら、将来もずっと一緒にいられるのではないかと感じている。
 

 

仕事で雑談が必要となる時

  業務をする上で雑談やコミュニケーションを一切必要としない。無くても成り立つという考えの人がいる。

  私は、その意見をどうしても納得が出来ない。何故なら、雑談をコミュニケーションの基本にする人が、一定数(正直どれ位の割合かはわからないが)存在するからである。

  上記の考えの人を完全に否定したいわけではない。成功している人も知っている。ただ、そこには、神がかり的な人間観察力、洞察力が共存している。

  その努力や才能無しに、業務を進めると、思い込み、押し付けといった行動になり、コミュニケーションが破綻する。チーム業務の場合は最悪である。

  雑談を主とする人も、逆にまた然りである事も、否定は出来ないが。

  雑談やコミュニケーションから始まれば、話の中から考え方を耳にする事(認識する事)は容易となる。洞察力等が鋭く無くとも、わかる事が出来るのだ。見えている分、対策も打ちやすい。相手にも、考えが伝わるし、意見の相違を修正出来る。ここで言いたいのは、手法はどうあれ「顕在化」が出来ているか、その一点である。問題点が浮き彫りにならずに、解消する事は困難だろう。

  一番危険なパターンは、コミュニケーションを取る努力や工夫をしない人、それをしなくともやれるという才能の無い人が、上司になり、強制力(業務命令)のみで押し付けようとする事である。

  今のご時世言う事を聞かない、若い人の独自の考え方があるのだから。まずは、相手を理解する(手法は沢山必要)努力が必要であると思う。

  

 

「信頼」について。

「信頼」について。

「信頼」は「信じる」と「信じてもらえる」。「頼る」と「頼られる」。この4つの要素が、周囲と成立して初めて成り立つものではないかと思います。

「自信」と「過信」。このギャンブルのような背中合わせの代物を、「確かな自信」に持っていくのに必要なのが「信頼」ではないかと考えます。

頼られている、信じてもらえているという安心感を感じているから、人は思い切って一歩を踏み出せるのではないでしょうか。

自分の責任は自分でというのは、「信頼」という前提があって初めて機能し、それが無ければ、ただの独りよがりになるでしょう。

そして、いつか取り返しのつかない結果にたどり着くのだと思います。

「信頼」の構築は、周囲に感謝を示すことから始まります。

 

道無き道を進む時

  仕事をしていてよく思う。

  勝ったもの、結果が出たものがルールになる。王道となる。

  成果が求めれる以上、当然の事だろう。

  誰もやった事の無い領域を任された時、やり方にルールは無いと言っていい。アイディアを出し、他の人がやらない手法で我慢強くトライすると、結果が良いことが多い、違いが出るので可能性が高い事が分かっている。

  一人でやる分には自分で責任を持てばいいのだが、複数で部下と同時進行でやる際には、勝手が違ってくる。

  最も難しい局面は、オリジナリティがあり、前例が無い手法に対して、否定的な部下がいる時である。そういう人は道無き道を進む時に見えないレールを引く事に慣れていない。自分の中でも、その意見を完全否定するつもりは無いが、仮に上手くいったとしても、予想の範囲に近い成果しか望めないであろうと、感じてしまう。

  時間は限られているし、予測の範囲のものを提供したとして、ライバル会社でも同じ事が出来るだろう。

  業務の選択肢は、多数ある事は否定出来ないが、道無き道を進む時は特に、ビジョンを共有して、自分を(自分達を)信じて、逃げずに進むべき必要があると感じる。

人に飽きられない為に

  人は他人の事はよく見ている。しかし、それと同じウェイトで自分をみている人はどれだけいるのだろう。
  他人を見ていると、底を感じる人(伸び代が無い人)、底を感じさせない人(伸び代がある人)がよくわかる。

 
  比べて、前者である事の方がいいのは間違いない。

 

   それならば、発想、視点を変えて、自分が底を感じさせない、させてしまっているかについて考えているのだろうか。

  さらに感じさせない為には何をしたらいいのだろうか。

 

  実は、答えは簡単で、「日々自分の中で満足せず、行動し続ける事」である。

 

  自分の中に常に変化を求めている人を、他人が見た時に、伸び代が無いと言える要素があると考える事の方がとても困難では無いだろうか。
  日々、僅かでも進歩を怠らない人は、他人に飽きられる事は無いだろう。
 

ちょっと大人のお話

夫婦関係

 

  色々な形があるので、一概には言えないが、気になった事があるので、心に留めておくことにした。

  「非性的な接触」という言葉です。

  男性的思考(全てではないかもしれませんが)では、「性的接触」で「双方の満足」が感じられた時、「愛」というものを実感する。「双方」というのが大切で、そうでない場合は、身体的に興奮は治るが、虚しさも同居してしまう。

 

  女性的思考(全てではないかもしれませんが)では、「非性的な接触」でも、「愛」を感じる事が出来るそうです。

 

   ある仲の良い夫婦の主人に、何か工夫をされているか質問をした事がある。そしたら、話を聞く事(同意する事)、マッサージをする事だと言われた。

   マッサージと、私は手を握ると安心出来る性格なので、先ずはその2つから始めている。まあ、受ける側の気持ちが一番大切なので、よく観察も忘れずに。

 

  今、素直に実践し続けている最中であるが、今後の変化を、いつか感じれればと思っています。「無理せず、継続」が今の私のキーワードです。

困難を乗り越える為の処方箋

  苦しみ、辛さ、孤独から逃げず、一生懸命に歩みさえ止めなければ、同じ経験をした成功者が、いつという期日は無いが、必ず手を差し伸べてくれる。

  だから、「希望は持ち続けていいんだよ。」

  成功者も同じ様にして、乗り越えて来ているのです。